戦争


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荊州南部制圧戦


諸葛亮(しょかつりょう)の作戦で荊州(けいしゅう 地方名)の北部の土地を手に入れた 劉備(りゅうび)は残りの荊州南部を手に入れるべく出陣します。まず劉備(零陵れいりょう 地名)を攻めます。零陵の太守劉度(りゅうど)劉備軍が来たというだけで震え上がり戦うかどうか迷います。 ですが息子の劉延(りゅうえん)が戦うべきだと言ったので兵を与えました。劉延の配下には刑道栄(けいどうえい)という豪傑がいました。 劉備軍が攻撃を開始すると刑道栄は兵の先頭に立って戦っていました。そこで諸葛亮刑道栄に近づき 「なんじらごときが我々に勝てると思っているのか?すみやかに降参せい」と言いました。刑道栄諸葛亮を 討ち取ろうと追ってきます。諸葛亮が逃げるとちょうしに乗っている刑道栄は深追いしてきました。 そこには張飛(ちょうひ)が待っていました。刑道栄張飛と一騎打ちしますが かなわず逃げ出します。すると次は趙雲(ちょううん)が現れ「刑道栄!次はこの趙雲子竜がお相手しよう。それとも 武器を捨て降伏するか?」と言いました。刑道栄はかなわないと思って降参しました。劉備は捕らえた刑道栄の 首をはねようとしますが諸葛亮がそれを止めてこう言います。「なんじの手で劉延を生け捕ってくれば助命はもちろん 重く用いてやるぞ」。刑道栄は「簡単なことでござる。それがしを放ち帰してくだされば。夜を待って劉延の陣に攻め込んでくだされ。拙者はうちより応じ 劉延を捕らえてみせまする」と言いました。諸葛亮は「なるほど」と言って劉備刑道栄を放ってやるように言います。うまく言い逃れて陣に帰った刑道栄は自分と劉備たちとの会話を劉延に話しました。 そして夜になって劉備軍が奇襲してきたときに、四方から取り囲んで袋叩きにする作戦を進言します。劉延はその策に賛成し兵を配置しました。そして夜になり 予定通り劉備軍が奇襲してきました。刑道栄たちは劉備軍をうまく包囲し打撃を与えました。しかし劉備軍の兵がなぜか少なかったのです。そして追撃を やめ刑道栄らが陣に引き返そうとすると劉備軍が現れました。謀られた!と思った劉延軍は陣に駆け込みますがそこにも劉備軍がいました。結局刑道栄趙雲に討たれ、兵の大半を失った劉延は降伏します。息子の劉延が捕らえられたと聞いた劉度は 「だからいわんことではない。わしは最初から降伏するつもりだったのだ」と言ってすぐに劉備軍に降伏することを伝えました。こうして零陵を制圧した 劉備軍は次の目標桂陽(けいよう 地名)に向かって進軍を開始しました。

桂陽を攻めるのはくじ引きで趙雲に決まりました。桂陽の太守は趙範(ちょうはん) といいました。趙範は降伏しようとします。ですが家来の陳応(ちんおう)が「それならばこの陳応趙雲 を戦わせてくだされ。どちらが勝つかを見届けてからで降参してもおそくはありますまい」と言ったので戦わせることにしました。こうして陳応趙雲は一騎打ちしました。ですが陳応など趙雲の相手になるわけがありません。 趙雲陳応の武器を打ち落とし「ケンカは相手を見てやることだな。俺とお前に腕の差があるように今の桂陽では わが軍にはかなわぬ。いたずらに滅亡の道を歩むことはない。今日のところは命は助けてやる。城に帰ってよく太守と相談するんだな」と言いました。 かっこいいっすね〜。陳応が敗れて戻ってきたのを見た趙範は「だから最初から歯の立つ相手ではないと申しただろう。すぐに降伏じゃ」と言って自ら 趙雲の陣に降伏を申し出に行きました。そして趙範趙雲に「同じ趙氏である からには祖先は同じに違いない。これを機会に義兄弟に約束をしてくださいませぬか」と言いました。趙雲は 了承して二人は義兄弟になりました。次の日、趙範趙雲を城に招き酒を酌み交わしました。しかしこの酒宴で 趙雲趙範の態度のしたことが気に入らず、趙範を殴って陣に帰ります。趙範が「このわしを殴るとは」 と言って怒っていると、その様子を陳応鮑竜(ほうりゅう)が見ていました。二人は「太守。こうなれば徹底的に戦うしかありませぬ。我々両名が 趙雲の陣に偽って降伏し油断させます。太守は夜になって襲撃してくだされ」と言いました。 そして二人は趙雲の陣に行き降伏を申し出ました。趙雲は何か怪しいと感じ 二人にどんどん酒を飲ませ酔いつぶしました。そして二人を縛り二人が連れてきた兵の前に連れ出します。兵たちは作戦がバレタと勘違いしすべてをしゃべりました。 趙雲は兵たちを説得し本当に降伏させ二人の首をはねました。そしてその兵たちを使って城門を空けさせ、城になだれ込みました。 そして趙範を捕らえ劉備に城をとったことを報告しました。こうして劉備桂陽を手に入れ、次の目標武陵(ぶりょう 地名)に向かいました。

前の戦で趙雲に手柄を取られた張飛はかなりイライラ していました。そこで次の武陵は自分に攻めさせてくれるよう諸葛亮に言いに行き、 諸葛亮もそれを了承したので武陵張飛が攻めることになりました。 武陵の太守は金旋(きんせん)といいました。金旋配下のきょう志は戦を避けるべきだと言いますが、金旋はその忠告も聞かず 張飛との戦に向かいました。相手が降伏せずに戦ってくれたので張飛は 喜びました。普通は逆ですが・・・。これまで戦もせず城内でおとなしくしていた張飛はこの戦で暴れまくりました。 あまりの強さを目の当たりにした金旋軍は我先にと逃げ出しました。逃げて城に入ろうとした金旋軍ですがなぜか城門が閉まっていました。 そして金旋が「太守だ。なぜ城門を閉めた?すぐに開けろ」と叫ぶときょう志が現れこう言いました。「太守。城門はあけませぬ。こうなる結果は目に見えていたのに あなたはいたずらに血を流した。私は城内の民衆と相談した結果みんな私の意見に賛成してくれ、劉備軍に降伏することに決まった」。金旋が「な、なに。勝手なこと は許さん。城門を破ってやつの首を討て」と言うと、きょう志は「首をとられるのはあなただ」と言って弓を放ちました。弓は金旋に命中し金旋は死にました。 あまりのことに皆あっけにとられていました。そこに追撃してきた張飛がやってきました。きょう志金旋の 首を張飛に見せ降伏の申し出をしました。張飛は降伏を受け入れました。 そしてきょう志に城を手に入れたことを劉備に知らせるように言いました。劉備きょう志に会うと武陵の太守に任命しました。そしていよいよ最後の目標長沙(ちょうさ 地名)に向かいました。

長沙の太守は韓玄(かんげん)といいました。自分の利益しか考えず悪政をしていました。そしてバカでした(笑)。昔の人をこんなに侮辱したらバチあたるかな・・・。 そしてこの長沙には後の五虎将軍(ごこしょうぐん 官職名でとくに武勇が高く功績のある将軍に送られる) になる黄忠(こうちゅう)がいました。劉備荊州北部の留守を守っている 関羽(かんう)に三つの城を手に入れたことを報告しました。すると関羽は 最後の城長沙は自分がとりたいと言ってきました。そこで劉備張飛荊州の守りに着かせ代わりに関羽を呼びました。関羽はすぐに長沙攻めに向かいました。 韓玄黄忠に戦を命じようとしますが、楊齢(ようれい)という者が「自分にお任せくだされ」と言ったので韓玄楊齢に任せることにしました。しかしこの楊齢では関羽の相手にはなりませんでした。楊齢関羽と一騎打ちをしましたが一瞬で斬られました。将を一瞬で斬られた韓玄軍は戦意を喪失し城に逃げ込みます。 関羽はそれを追って一気に城になだれ込もうとします。しかしそこに黄忠 が現れました。関羽黄忠のことは諸葛亮 から聞いていました。そこでまず黄忠を倒そうと一騎打ちをします。しかし黄忠関羽が思っていた以上に手ごわく、この日は勝負がつかず引き分けに終わりました。次の日また二人は一騎打ちをします。 その一騎打ちの最中、黄忠の馬がこけ黄忠は落馬します。 しかし関羽黄忠を斬りませんでした。「馬を乗りかえられい。あらためて 快く勝負いたそう」と言って帰って行きました。黄忠は呆然としました。城に帰った黄忠韓玄から「お前の弓は百発百中。なぜその弓を使わんのだ」と言われます。その夜黄忠は悩みました。「自分の弓を使えば 関羽を射殺すのは簡単。しかし関羽は落馬した自分を斬るのをいさぎよしと せずあらためて勝負しようと言った。そのような人物を弓で射殺すのは忍びない。しかしやらねば命令に背くことになる」。そして次の日二人はまた一騎打ちをします。 黄忠はなぜか弓矢をセットしないで弓の弦を二回鳴らしました。そして三回目は弓矢をセットし 関羽の頭の飾りを射抜きました。関羽は不思議がりますが「なるほど。昨日の 情(なさけ)を弓で返したか。それにしても恐れ入った腕だ。ともかく今日はおとなしくひきあげさせてもらう」と言って退却しました。そして 黄忠も城に帰ります。しかしそこにはたくさんの警備兵が立っていました。そして 黄忠は捕らえられ韓玄のところに連行されました。黄忠がなぜ自分を捕らえるの か聞くと韓玄は「わしは城からお前の戦いぶりを見ておったが、お前は関羽を射ろうと思えばできたのにわざと弓の弦ばかり ならして関羽を助けたではないか。察するにお前は敵と内通しておるのだろう。こやつの首をはねい」と言い出しました。 黄忠長沙で最も功績のある将だったので他の将がそれを止めますが、韓玄は「だまれ。わしの命令に文句があるのか? 逆らうやつも皆同罪だ」と言いました。こうして黄忠は刑場に連れて行かれました。ですがその道の途中。一騎の 武者が現れました。魏延(ぎえん)です。魏延黄忠を 連行している兵に「黄忠殿を処刑するやつは俺が相手をする」と言いました。すると兵たちも「われわれも本意ではありません。 ですが太守のご命令です」と言いました。周りには城内の民衆もたくさん集まっていました。ここから魏延の演説が始まります。 「だまれ。お前たちはこの黄忠殿がこれまでどれだけ長沙のために尽くされたか知っているだろう。皆(周りの民衆) もよく聞けこれほどの功臣を打ち首にしていいのか?お前たちもこれまで韓玄がどんな仕打ちをしてきたか考えてみろ。自分の楽しみのために重い年貢をかけ、従わぬ 者はすぐ死刑。美しい娘がいればすぐ城内に召しだし・・・・・した(笑)。お前たちいつまでこんな生活に甘んじているつもりだ。我々の敵は外の劉備軍ではない。 韓玄こそ本当の敵だ。みんな今こそ武器をとって立て。韓玄を倒すのだ」。この演説は成功し魏延は民衆と一部の兵を引きつれ 韓玄のところに乗り込みました。防ごうとした兵に魏延は「まだ目が覚めぬか。長沙の功臣黄忠殿 まで死刑にしようとした韓玄だ。次はお前たちの番だぞ」と言いました。兵たちは防ぐのをためらいました。その隙に魏延韓玄を斬りました。そして関羽にその首を見せ降伏を申し出ました。その後劉備は 家に閉じこもっていた黄忠を訪ね自分を助けてくれるよう頼みました。黄忠は 最初断りましたが、劉備が頭を下げてまでお願いしてきたので劉備に仕えることに しました。こうして劉備荊州全土を手に入れたのでした。


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